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ずっと昔の日本には映画に洋画と邦画の区別があった。音楽も洋楽と邦楽の区別があった。この「洋」というのはアメリカと西欧に偏っていた。映画も音楽も東欧や中南米あるいはアジアが含まれるのはきわめてまれだった。わたしも邦画や邦楽より洋画や洋楽で育ってきたし、テレビ番組も同様である。でも、リズムにはなじめても意味のつかめない言葉をわかったふりをするのになじめず最近はほとんど見向きもしない。 鈴木カツさんの『洋楽で育ったぼくらの話』(えい文庫、2005年)を読み流した。ロック・バーを営みながら音楽評論をしてきた鈴木さんと異なるジャンルの洋楽ファンとの対談集である。ちなみに相手を並べれば萩原健太、木滑良久、なぎら健壱、南義孝、宮地ひろみ、鈴木惣一朗、沢野ひとし、山内雄喜、本秀康、ダグラス・アルソップという方々だ。名前を知っているのは萩原、なぎら、南、沢野の4人だけであとは不知な方々である。おまけに、この対談に出てくるミュージシャンの名前でわかるのは、ボブディランやエリック・クラプトンぐらいのものでほかはちんぷんかんぷんである。 鈴木さんはわたしより年上で進駐軍の音楽を聴いて育ったようだ。わたしも若いころは米軍向けのFEN(極東放送)やVOA(アメリカの声)を聴いたが流行を追う程度でそれ以上のかかわりが持てなかった。ベトナム戦争に深入りするアメリカ合州国に不信感がつきまとったせいだろう。とはいえ、苦手な英語でもサイモン&ガーファンクルやPPMなどに親しんできて今も懐かしいミュージシャンもいる。 それにしても鈴木さんのジャンルを超えた博識さには驚嘆する。そこがこの本の面白さだろう。ひとつのジャンルに偏った関心だけで音楽を語る不毛さに共感する。また、アメリカの音楽に流れる根っ子を語るのも興味がある。そして、対談者が鈴木さんに迎合しないのも楽しい。互いに自説を持っているから対談になるのだろう。 余談になるが、わたしは自分が30才のころに固執したこだわりをそのままホームページに掲載している。バカバカしいこだわりに苦笑しながらそれを隠すつもりはない。過去にこだわるのでなく、それを振り返ることによって今の自分を確かめるものさし(定規)にしている。「振り返る」とともに「とらえ直す」営みを繰り返すのが音楽なのだろうか。 いまさら洋画や洋楽などといってもアナクロリズム(懐古主義)かもしれない。また、日本には日本人にあった音楽があると肩をいからすこともない。そんなあいまいなわたしと筋金入りの鈴木さんとの違いをこの本を読んで感じた次第である。 |
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♪「洋楽で育ったぼくらの話」、お買い上げありがとうございました。先週9/28、アメリカン・フォーク・アルバム・ガイド「Folk Music U.S.A.」を上梓しました。お近くの書店でお手にとってみてください。 |
@katsu URL 2007/10/07 21:00 |
ご丁寧なお便りありがとうございました。 |
道楽親父 URL 2007/10/09 00:41 |
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