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若い頃はフォークだけでなくロックやジャズを抵抗なく受け入れていたのに最近はやけにうっとうしくなった。それでも、ラジオから流れる昔の曲に思いをはせるのも矛盾している。それが気になって、昨日は、中山康樹さんの『ジャズの名盤入門』(講談社現代文庫)と大友博+西田博さん編著の『この50枚から始めるロック入門』(中公新書ラクレ)を買った。半分ぐらいはなじんでも後はまったく別世界である。 昔からクラッシックや演歌にはなじめなくても、生まれてから空気のように流れていたジャズやロックになじめないのも変である。渡辺貞夫、日野皓正(ひのてるまさ)、山下洋輔などからMJQ(モダンジャズカルテット)の演奏をFM放送で聴き、アニマルス、ローリングストーンズ、イーグルスのレコードも買ったのに聴き直す気が起きない。まあ、これも好みが変わったというだけだろう。 ビートルズがロックというのも違和感がある。それじゃ何かと言われれば窮するがポップスじゃなかったかと思う。エルビスのロックとは異質だったし、ローリングストーンズの過激で泥臭いものがなかった。そして、ボブ・ディランやサイモン&ガーファンクルもロックだといわれると頭を抱える。確かにジャズではないが、ロックと言うのはなじめない。これはロックに反社会性や過激性を求めるからなのだろうか。エリック・クラプトンがロックだというのは異論がないが、いいおじさんになったクラプトンに過激性を求めても始まらない。 それはともあれ、日本のロッカーにもどれば忌野清志郎の活躍である。いい年をして奇怪な化粧をして登場するのも楽しい。わたしとそれほど年の差はないがあの元気さには驚嘆する。昔のロカビリー歌手と違ってやることに筋が通っている。君が代のパロディも彼でなければできなかったことだろう。それに彼のエッセイにはいつも抱腹絶倒される。昨年発行された『瀕死の双六問屋』(小学館文庫)も大いに笑わせてくれた。人気が出ればやけに行儀の良くなるロッカーとは違う。「雨上がりの夜空に」(わたしのホームページの想い出の唄34に掲載しています)以来のパワーがある。彼は陽気なコメディアンと誤解されているのも惜しい。それは昨年亡くなったモップスの鈴木ヒロミツも同じだった。むろん泉谷しげるのように相変わらず極悪親父もいるのだが。 とんでもない脱線をしたけれど、日本のジャズやロックはどうなったんだろう。背中に日の丸を背負って鉢巻をすることもないが、お行儀のよいマニア向けの音楽になってしまっただろうか。インターネットが普及して異国のはやりを加工して売り込むのも通用しなくなったからだろうか。せっかく買ったエレキギターが弾き込めない親父はそういう憎まれ口を並べるしかない。 |
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