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古本屋でヒマをつぶしていると懐かしいイントロが流れてきた。藤谷美和子と大内義昭がディエットした『愛が生まれた日』である。「恋人よ 今 受け止めて/あふれる想い あなたの両手で ♪」というのも照れ臭い出だしだが、へたくそな藤谷の歌を大内がたくみにカバーしていた。そんな歌をなぜ覚えているかといえば、藤谷がわたし好みの女優だったというだけである。決して、「愛が生まれた日 この瞬間に 真実はひとつだけ ♪」なんてたわけた歌詞に共感したわけではない。ちなみに作詞は秋元康さんで、別に恨みはない。 藤谷美和子はどこかおっとりしていて憎めない女優だった。小百合ストと呼ばれたわたしより上の世代と違い、わたしはどこかピンがひとつはずれた女優にひかれた。同じようにお嬢様タイプでも、それほど理知的でなく映る酒井和歌子や桃井かおりの延長にある女優である。煙たさより安心感になじむのである。藤谷はプッツン女優といわれるほど破天荒な行動をした。あれも、ひとつの演技だったのだろう。フリー百科事典のウィキペディアには彼女の迷言や奇行が掲載されているのもおかしかった。演出家と結婚した理由を問われて、「だって結婚しないと離婚できないでしょ」というのも彼女らしい。 そこで相方の大内義昭さんがどんな人かを調べたら、小比類巻かほる、中森明菜、光GENJIに楽曲を提供した作曲家である。へたくそな藤谷の歌をフォローするのも大変だっただろう。「君とだったら 生きて行ける ♪」と合わせるのも辛かっただろう。これもウィキペディアの記事によれば今は九州の小倉で若手を育成しているそうだ。藤谷がこけなかったらもっと人生も変わっていたのかもしれない。 小生意気でさも自分が偉そうにふるまう女性が増えたから、藤谷のような間が抜けた女優は影が薄くなりつつある。でも、プッツンも憎めないものだ。キリキリ、カリカリして隙のない人間は男も女もどこか無理がある。少し前まで世の中もゆとりがあってプッツン女優を許容したものである。それが許されなくなったのは社会にゆとりが欠けるからだろうか。ところで、藤谷は「二代目プッツン女優」だそうだ。元祖は誰だったのだろう。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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私はこの歌が好きです。この間の新年会で私はデュッエットにこの歌を選びました。銀恋や居酒屋は私には似合いません。はっきり記憶できてませんが「未来で一番素敵な時間(とき)を過ごしている」というところが好きです。秋元康スゴシ!と思ったものです。 |
aki 2008/03/01 23:38 |
いくつかの別れと 涙が 地図になり |
道楽親父 2008/03/03 00:00 |
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