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これまでは「進化論」と結びつけるために「OL殺人事件」は売春の面に絞って論じてきた。でも、それだけでは佐野さんの論考を誤解させるような気がしてならない。そこで佐野さんがこの事件をどのように描いたかを整理しておきたい。それはエミール・ゾラがドレフェス事件でユダヤ人大尉の冤罪(えんざい)を弁護したのを彷彿(ほうふつ)させる読みごたえがある。【注】 1被害者にふれた部分は少ない 新書版の「進化論」が200頁とコンパクトなのに、佐野さんの「OL事殺人件」は文庫本といえ500頁を超える文字がぎっしりつまった本である。それは雑誌の連載のため重複もあるからだろう。4部構成のうち被害者の動機にせまるものは少なく、事件にかかわる状況説明はところどころに出てくるだけで容疑者にされたネパール青年の無罪判決に至る過程が詳しく展開される。それは被害者をさらし者にしない配慮からだろうし、女性心理や遺族に立ち入るのをはばかったのかもしれない。最後のまとめで心理学者の解説でふれる程度である。 2本の構成 そこで本の構成を要約しておこう。プロローグ、エピローグ及びあとがきを除いた4部は次のとおりである。 ■第一部 堕落への道 6章構成 平成9年3月に当時39才の被害者の絞殺体が発見され、どのような経歴を持ち、そこで何をしていたかをまとめる。裁判に至るまでの事件の概要だけでなく、事件が発生した渋谷区円山町がどのように形成されてきたかも語られる。 ■第二部 ネパール横断 10章構成 容疑者とされる当時30才のネパール人の日本での生活や勤務状況だけでなく、ネパールまで出向いて彼の生い立ちや生活環境あるいは日本へ出向いた経緯をまとめている。 ■第三部 法廷の闇 10章構成 捜査の過程を個々に取り上げ、次の部へ結びつく争点の矛盾や裁判の中であらわれたことをとりあげ見込み捜査の可能性を証言から浮き出させる。 ■第四部 黒いヒロイン 7章構成 平成12年4月に3年にわたる裁判でネパール青年に無罪判決が出たあとに、なぜ被害者が5年間も売春を続けたのかを心理学者や職場の元同僚へのインタビューで補完する。 3独自の視座 この本は、犯罪者の心理や被害者の転落というものより容疑者にされた底辺労働にたずさわる外国人を通じて、裁判の過程で顕在化する多くの偏見やトリックを解きほぐす面が多い。それは次のような視点がある。 @有名企業のエリートとみなされる被害者を自堕落で異常性欲者とみなすジャーナリズムを批判している。佐野さんはたれ流された(リ一ク)情報を鵜呑みにした記事、また興味本位のでっちあげ記事を随所で指摘している。 Aネパールまで出向いて容疑者をとりまく生活や思考・行動を確かめ、日本において外国人のおかれる立場も直視している。同情というよりどんなことで無罪と信じたかが具体的に明示される。 B捜査から裁判までを追うことにより、見込み捜査や他の外国人に対する利益誘導などが明らかにする。不法滞在への威嚇や国外退去をちらつかせた面もあるようだ。 C被害者については総合職として入社しながら、男女差別により昇任の目がなくなった挫折感めいた解釈も示している。ここは美化にも映るものの全てを否定できないものがある。 4現状適応主義の学習の場 敬愛した父の早逝を機に拒食症に至り、出世の道が閉ざされた被害者を説明する心理学者の説明も考えさせられるものがある。わたしには拡大解釈のように思えるものの残しておこう。精神科医の斉藤学(さとる)さんの論文からの引用である。「○L殺人事件」の524頁をそのまま引用して終りたい。 現代の市民たちは暴力で抑圧されることは少なくなったが、代わりに徹底的な評価で管理され、“品質”ごとに階層分化されるようになった。この評価は内面化されて厳しい自己評価となり、自らを客体化して他者(社会)にとっての「品質の良い製品」になろうと必死になっている。身体(からだ)を売っているのは、売春婦だけではない。現代市民たちの多くは身体どころか心まで、社会のシステムに売り渡しており、家族はこのような現状適応主義の学習の場となっている。〔「売春および神経性無食欲症と近親姦(かん)」家族機能研究所、研究紀要第三号所収〕 【注】ゾラ(1840生−1902没)はフランスの小説家で、自然主義文学の代表的存在です。1898年にスパイ容疑にかけられた参謀本部付砲兵大尉ドレフェスを弁護し、罪に問われてイギリスに亡命し翌年帰国。ドレフェスはこれにより再審が決定され1906年に無罪が確定した。代表作には『居酒屋』や『ナナ』があります。詳しいことはフリー百科事典ウィキペディアの「エミール・ゾラ」をごらんください。 「OL殺人事件」から「ラブホ進化論」へに関する記事目次 フランス人はなぜキスが好きか 2008/02/26 http://himajin-nobu.at.webry.info/200802/article_27.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(1)序論 2006/03/04 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_5.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(2)分析の視覚 2008/03/06 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_8.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(3)底辺労働を支える人々 2008/03/07 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_9.html コラム:名は体を表すのか ☆言葉の言い換えで解決はしないだろう 2008/03/09 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_10.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(4)犯罪の抑止 2008/03/12 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_12.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(5)愛情表現の多様性 2008/03/14 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_13.html 補論 地域社会の解体と性の教育など 2008/03/15 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_14.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(6)日本の技術 2008/03/16 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_15.html |
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