|
「進化論」のユニークさは設計・建築および経営にかかわる人たちへの豊富な聞き取りだろう。著者が記すように経営者も世代交代にさしかかる時期にあたるから聞けたものもあるようだ。おしいのは具体的な数値が示されていないことだが、この本は文化論であって経済書ではないから無理な注文である。といっても投下資金の回収期間や部屋の回転率は示されている。また経営分析を始めるにも公開される資料も少ない業界だろう。ということで、今回は業界の変遷や競合施設とのすみ分けに絞ってまとめよう。 ●連れ込み宿からモーテルに至る進化 ここではアイネグループの例が示される。アイネは郊外で見かける全国に120軒展開するモーテルチェーンである。(l)は前史にあたり、アイネは(2)から始まるようだ。いずれにしてもモーテルは試行錯誤のうえに成立したようだ。 (1)小料理屋旅館 これは戦前から売春禁止法施行まで続いた女性を呼べる旅館である。食事ができる売買春施設であり、いわゆる私娼窟(くつ)というところだろうか。遊郭と同様にセックスのための施設にちがいない。 (2)簡易旅館 こちらは木賃宿の延長といえるだろう。住宅難の戦後に労働者が安価に宿泊できる施設であった。ここで資金を得た人が高収益のラブホを経営したのは円山町にも通じる。大丸旅館という労働者向けの旅館から始ったそうだ。 (3)連れ込み旅館 これも住宅難を反映した施設である。1958年の赤線廃止を受けて作られた性交施設だが、狭い部屋で家族の目をさけるための逃避場として利用されたようだ。いずれにせよ儲かるのを見込んでみくに荘を開業したという。 (4)レジャーハウス これは連れ込み旅館の暗いイメージを払拭(ふっしょく)するために郊外に作った旅荘だったが地味すぎて目につかなかったという。名前も美松という古風なものである。 (5)モーテル 上記の失敗に懲りて名前をカタカナのアイネに変え、派手で目立つ施設としたもの。目について宣伝効果も生まれることとなった。 ●経営者の多様性 金さんは「ラブホテルはマイノリティという立場の人々が富を得るための選択肢のひとつ」としている。大阪でいえば、石川県出身の豆腐屋や風呂屋などである。渋谷の円山町は「○L事件」で佐野さんが詳細に記すように御母衣ダムに水没した人々が東京へ出て旅館を始めたようだ。 また近所にできたモーテルの盛況に目をつけた周辺地主が自ら経営を始めた例もあるようだ。人も住まない場所の有効利用として活用されたという。地方になるほど人目を避ける傾向があり、農地よりも利益を生んだことだろう。 それとともに経営者には、楽して儲かるラブホテル経営に対し、プライドがなく、好きでやっている商売ではないという卑下した気持もつきまとうようだ。もっとも、作れば利用者が来る安易さに芸能人なども金儲けとして参入しており多種多様な経営者がいるようだ。 ●競合施設とのすみ分け バブル崩壊後はラブホも衰退しているという。高速道路の周辺に限っても店舗の減少は確に著しい。利用者の収入減や競合施設の増加もあるのだろう。ニ人だけですごすという時間または日単位の部屋貸業の側面に絞り、客の道徳心や羞恥心の変化を兼ね合わせればラブホテルに出向く必要は減少しつつある。そこで今度は利用者の面から考えよう。 (l)自分の部屋 住宅難はいちおう解消し家族が個室で生活する時代である。ドアも付き防音もしっかりしていればわざわざ外に出向く必要もないわけで、親が干渉することのない家庭の青少年には金も不要な自由空間だろう。 (2)シテイホテル ラブホがライバル視し施設も類似するのがシティホテルである。昼間の時間貸はラブホと同じことが可能だろう。店舗も整い、フロントも広く健全なイメージがつきまとうシティホテルの方が優位なのかもしれない。 (3)ワンボックスカー 最近はワンボックスカーの室内も広くなり個室としては申し分がない。キャンピングカーに至ればベットのほかに生活用具も組み込める。人の目を避けて過ごすには最適な空間だろう。 (4)カラオケルーム 防音も徹底し気軽に利用できる空間である。飲食物も持ち込め安価に過ごす空間としては申し分がない。 (5)漫画喫茶 安価に使用できて気軽に出入りできる空間である。セックスを予想させないところが受けるのかもしれない。 (6)貸切温泉 最近は温泉も部屋貸をする時代である。室内に温泉もある施設もある。混浴も気にせずできるから、個室に慣れた若者にはなじみやすい場所だろう。 (7)飲食店の個室 酒の取り持つ縁は昔からあるが、居酒屋も個室化している時代である。他人の目を気にせず過ごす古典的な空間だろう。 ●いかがわしさからの脱皮 ラブホにつきまとうイメージに強姦(ごうかん)という面があることは金さんはふれていない。わたしが子どもの頃の連れ込み旅館を扱ったテレビや映画には、金持ちの親父や会社の上司が女性を酒で酔わせたり料理に睡眠薬を使って無理やり宿に連れ込んで手ごめにするストーリーが多かった。 あの頃は弱いのが女性という時代であったが、セクハラ(セクシャルハラスメント)やパワハラ(パワーハラスメント)が叫ばれる今も絶えない。わたしにしても使用する前はそいうイメージを抱いたものだ。部屋に入ってしまえば何が起こるのかわからない不安がラブホにもつきまとう。まして誰が経営しているのかもわからない業界だからいかがわしさはつきまとう。 とはいえ金さんが指摘するように利用客の意識も変わっている。男に料金を払わせれば身を売っている気がすると割り勘を主張する女性もいるようだ。ラブホの選択も女性が行う時代になった。男が女を眺める時代から女が男を品定めする時代でもある。これは女性の社会進出の反映だろう。ラブホもこの現実を認めて脱皮を図り、部屋の作りやアメニティグッズなども配慮しているようだ。 セックスだけの場から時間または日単位の部屋貸業への転換もその一つの道のようである。金のない外国からの若い旅行者が安価で宿泊できる施設としてラブホを利用するのもいかがわしさからの脱皮なのかもしれない。ともあれセックスの場として始まった施設が、セックスを恥ずかしく隠すべきことというタブーが解消しつつあるとき、どのように脱皮していくかは前途多難であろう。 いかがわしさを居直って継続する道もあるが、こちらにも店舗・無店舗を問わず競合する「性風俗関連特殊営業」(これは(4)の「犯罪の抑制」に掲載しています)もあるので厳しいだろう。ホテルヘルス、デリバリールスと結合して「二人のラブ空間」が、風俗営業の場となるのかもしれない。これらについてはラブホテルの未来とかかわるので別に論じよう。 「OL殺人事件」から「ラブホ進化論」へに関する記事目次 フランス人はなぜキスが好きか 2008/02/26 http://himajin-nobu.at.webry.info/200802/article_27.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(1)序論 2006/03/04 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_5.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(2)分析の視覚 2008/03/06 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_8.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(3)底辺労働を支える人々 2008/03/07 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_9.html コラム:名は体を表すのか ☆言葉の言い換えで解決はしないだろう 2008/03/09 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_10.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(4)犯罪の抑止 2008/03/12 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_12.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(5)愛情表現の多様性 2008/03/14 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_13.html 補論 地域社会の解体と性の教育など 2008/03/15 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_14.html 「東電OL殺人事件」から「ラブホテル進化論」へ(6)日本の技術 2008/03/16 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_15.html 「OL殺人事件」で問われたこと 2008/03/18 http://himajin-nobu.at.webry.info/200803/article_17.html |
| << 前記事(2008/03/18) | トップへ | 後記事(2008/03/20)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/03/18) | トップへ | 後記事(2008/03/20)>> |