|
久しぶりに自由国民社の「セメントフォーク大全集 永久保存版494曲」を本棚からひっぱり出した。横には同シリーズの「U 419曲」や「80年代セメントニューミュージック&ロック大全集496曲」も並んでいる。新しもの屋のくせに古いものもけっこう集めるごったまぜ生活である。作詞家の岡本おさみさんの作品を確めるために吉田拓郎を調べているうちに、こんな歌もあったんだと驚くのは拓郎ファンでないからだろう。そのくせホームページの「フォークのことあれこれ」には知ったかぶりを並べている。 ニワトリと●●は高いところが好きだという。観覧車に乗ったりビルの屋上から真下をのぞくのは苦手だが丘や山からまわりを眺めるのが好きだ。吉田拓郎が1970年に発表した「おろかなるひとりごと」はそんなたわいないつぶやき唄のひとつだろう。C、F、G7で足りるからいづれ披露することもあるだろう(といって1年たっても下手すぎて一曲も聴かせていないのだが)。 丘をのぼって 下界を見ると 小さな世界が そこにある ひとはあくせく どこへ行く ひとは疲れた 足どりで しかもひとは いそいでいた 引用は第一節だが、六節まであるからちがうフレーズだけ並べよう。順序が異なるかもしれない。 ひとは命の 絶えるまで ひとは短かい 人生を ひとは彼らの 思うまま ひとは彼らの 道を行く しかも人は 目をつぶり 小さな自分が そこにある 俺は生まれて この日まで 俺の道しか 見ていない しかも道は まだ遠い 俺はいそいで おりて行く 俺は自分の 来た道へ しかも俺は この足で ひととひととは それぞれの 道が出会うと すれちがう しかも人は 泣かないで ひとと俺を持ち出したひとりごとだから支離滅裂な唄である。へん<つ親父だから他人の意見に感心してもそれを受け入れる気は持ち合わせていない。度量の狭さは親や社会のせいではない。そんなわたしは「俺はいそいで おりて行く/俺は自分の 来た道へ/しかも俺は この足で」にひかれるだけである。自分の不幸や不運を他人や社会に転化して自分の怠慢(たいまん)や無能を正当化する偽善者にはなりたくない。作った拓郎も忘れているのではないだろうか。 ■「フォークのことあれこれ」は20のテーマで論じています。 ・赤い鳥、吉田拓郎、かぐや姫、風、アリス、イルカ、荒井由実 http://www5f.biglobe.ne.jp/~nobu-yamada/houkumokuji.html ▼「フォークあれこれ増補2006」はその後を追加しています。 ・はっぴいえんど、ふきのとう、オフコース、中島みゆき http://www5f.biglobe.ne.jp/~nobu-yamada/foku21.html |
| << 前記事(2008/03/20) | トップへ | 後記事(2008/03/20)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/03/20) | トップへ | 後記事(2008/03/20)>> |