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もうそろそろギターも弾けるだろうとアコースティックで「なごり雪」を弾き始めたらギクッときた。簡単なコードだからと甘く見たのがいけなかった。昨日の検査で左肩を下にして5分寝かされたつけが出ている。テレビに夢中になっている女房が音声を流せば、RCサクセションの「スローバラード」が流れる。間延びして退廃的なフレーズだ。夜の駐車場にあの娘と手をつないでクルマで寝たというたわいもない歌詞である。 カーラジオから スローバラード 夜霧が窓をつつんで 悪い予感の かけらもないさ♪ (忌野清志郎作詞「スローバラード」) が繰り返される。もっとも、RCに退廃的なんて道徳的なコメントは似合わないだろう。 ギタリストが五十肩になったら飯の食いあげだろう。それじゃロッカーならどうかと忌野清志郎の『忌野旅日記』(新潮文庫、平成5年)を読み始めたら抱腹絶倒して肩の痛みが増す。この本は昭和60年に発表されたものを編集したものだからむろん五十肩なんて話題にもならない。同業者の内輪話だから興味のない者にはつまらないだろう。ともあれ、彼は自分を「ボス」と呼ばせているそうである。でも、似合わない言葉だ。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーならボスがにあうがあの厚化粧ででれっとされてはブザイクすぎる。三浦友一と同い年で、バンドを組んでいたのを第1話に持ってくるのもボスになれないひがみだろうか。 外人ミュージシャンはともあれ山下洋輔(ジャズ)、泉谷しげる(フォーク)、サンプラザ中野(ロック)、桑田佳祐(ロック)といった面々を持ち上げたり落としたりして楽しませてくれる内容である。山下洋輔氏が礼儀正しい物腰と酒で乱れたり、泉谷しげるが風呂嫌いに加えて犯人役を地で行える稀な役者というのにも笑った。一緒に組んだことのある坂本龍一や細野晴臣(いずれもYMOで活動)になると恨みつらみが重なっておかしい。そこはそれでさらっと流すのも忌野流の文体である。「雨上がりの夜空に」の歌詞にある平明でさらっと流す言葉の中に裏が含まれているのと同じだろう。それにしても細野さんが酒が飲めず、音に対する執拗なこだわりを持つのには読んでいるわたしも驚いた。また、ポッキーが好きだというのには笑わされた。 それにしても、「スローバラード」で<悪い予感のかけらもないさ>という繰り返しも食わせものである。<ふたりで毛布にくるまって>、寝言を聞いたり、夢を見て何もなかったはずもないだろう。そんな機会があって何もしない方が変だろう。聴いたときはさらっと流していたけれど、よく考えてみれば忌野らしさが欠ける歌詞である。<悪い予感>というのがどうもひっかかる。これは避妊の失敗でも意味するのだろうか。こんあつまらないことを持ち出すのも五十肩のせいだ。変な詮索をする年寄りになりたくないないものである。 |
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