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久しぶりに作文を綴っていると、「このひとまだ活動してるんだ」と妻がコミュニティ新聞(産経新聞リマーニ2008.May第29号)を指し示してつぶやく。どんなものかと目をやれば一面にでかでかと《ミュージシャン 鈴木康博さん》と顔写真入りの紹介記事だ。階段に腰かけて笑う写真に目をとめたが、白さが目立つあごひげに時の流れを感じた。面長で長身だがどこかはにかむような目つきは今も変らない。オフコースのボーカルとギターを担当していた彼も今年2月に還暦を迎えたという。6月29日に横浜ランドマークホールで還暦記念のバンドスタイルライブを行うそうだ。 オフコースについてはブログやホームぺ一ジに何度も書き連ねてきた。吉田拓郎やかぐや姫と同じ時期から活動していたわりに目立たなかったのは北海道のふきのとうと同じである。どちらも二人組だった。オフコースはその後にインスメンタルに変り、多くの女性ファンにもてはやされた。でも、小田和正と鈴木康博のハーモニーが欠せなかった。やや繊細で女々しく響く小田と粗削りだが豪快な鈴木の取り合わせもわたしにはおかしかった。小田も鈴木も凝り性で、不器用なわたしは彼らの曲を弾くのをあきらめている。ともあれ、オフコースとふきのとうは趣味や嗜好の異なる妻との限られた共通話題である。小田のファンである妻が裏方にいた鈴木を覚えているのも不思議である。【注】 鈴木さんは今でもアルバム作成やコンサート活動を続けている。最新アルバムは「いいことあるさ」(ダブルネックレコーズ)だという。83年にソロとして脱退したあとの彼の25年の歩みはよく知らないが、オフコース時代の「ロンド」、「メインストリー卜をつっ走れ」、「のがすなチヤンスを」、「汐風のなかで」、「流れゆく時の中で」、「おもい違い」、「ピロートーク」などが懐しい。目立たない歌だけど男のやるせなさがただよった。これも判官びいきなのだろう。そんな鈴木さんにがんばってのエールをこめて贈りたいのは彼が昔作った歌である。 人には それぞれ待ち望む ことがあるのです それで 毎日の 変りばえのない ささやかな暮しの 中にも何かしら はりあいをもっていられる のがすなチャンスを 今この時がその時かも知れない いちばん大切なのは その日 その時 ♪ 鈴木康搏作詞「のがすなチャンスを」 【注】 ウィキペディアによると、オフコースは当初三人組で《ジ・オフコース》として活動していたようだ。1969年のヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト(LMC)全国グランプリで第2位(1位は赤い鳥)となり、小田は最優秀歌唱賞を受賞している。ニ入になったのは1973年で、「僕の贈りもの」からわたしはなじんできた。1979年にメンバーが5名になり、鈴木は83年にソロとなって脱退し、1989年にグループを解散している。どうでもいいことだが、鈴木の脱退については故山際淳司の『Give Up』に詳述されているそうだが、グループの売り出し方法に対するプロデュースへの反発であってメンバーのいさかいではないようだ。 【補記】 どうでもいいことですがオフコースについてはホームページの「フォークのことあれこれ23」や「音楽ざっかん」にまとめています。個々の曲についてリンクさせています。 http://www5f.biglobe.ne.jp/~nobu-yamada/houkumokuji.html |
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