リンクづけもうっとうしい ☆ わたしの《独書》について
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作成日時 : 2008/04/05 15:49
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ホームページに書き溜めた「本の紹介」を科目別に区分し、リンクを貼り直している。たいしたこともあるまいと鷹を食っていたらなかなか先へ進まない。たった273にすぎないのに30で音を上げるのも根気が欠ける。今日はその続きを始めたがいつまでもつだろうか。すでに元になる《ラベル》を作成していても、ひとつひとつ《ラベルの貼りつけ》(クリックするとラべルの頁がひらく)をするのは賽の河原の石積みのような苦痛が伴う。クリックすれば別のぺ一ジに結びつく《リンク》もこんな原始的な作業で成り立っている。
夕イトルは本の紹介だが、頁の中身は読んだ本をきっかけに考えたり感じたことを綴るだけである。また、自分に都合のいい文章を引用するだけのこともある。だから著者の主張に反するときも多い。批判めいたものも混じるのはへそまがりの読書だからだ。本の内容を説明して何を感じたかをぼかす《読書感想文》や書評めいた万人向けの《読書案内》、あるいは売るために特色を簡潔にまとめる《おび広告》とは一線を画している。そういう作文でなく、触発されて感じたり考えるのも《独書》の楽しみだろう。砂糖やミルクを使わずに紅茶やコーヒ−を飲むのに似ている。
わたしは本を読むたびに読書ノートをつける《読書家》ではない。また装丁や値上りにひかれて買ったままにしておく《蔵書家》でもない。ぺ一ジを折ったり線を引きまくる《乱読家》にすぎない。読んでもつまらなかった本や楽しかったけれど紹介したくない本も多い。わたしはこれでも品格というものを尊重するし、真面目に語って恥をさらすことをさける。でも時折脱線して家族にはバカオヤジ呼ばわりされる。共感を熱く語るのは自殺行為に等しいようだ。それを隠すのは不本意だから「本の紹介」に掲載する。毒のない本など読む気がしないのである。
そんなどうでもいい《独書》にあえて科目別のリンクを張るかといえば、同好の人に関心のあるものだけを優先して読んでいただくためである。せっかく立ち寄っていただいた方に必要なものを素早く探していただけるトヨタのカンバン方式を実践しているつもりだ。それはまたわたしの《独書》の偏りを提示して、信ぴょう性を確めていただくためでもある。ちなみに科目は《音楽》《経済学》《国語》《社会》《数学》《美術》《風呂》《理科》そして《歴史》の9科目である。英語や技術や体育が抜けているのは苦手だからだ。本日のリンクは国語までである。最も読んでいただきたいのは《社会》だが、多すぎるからこれから気晴らしにコーヒーを飲みに行くことにした。 http://www5f.biglobe.ne.jp/~nobu-yamada/honmokujijannru.html
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