道楽親父の独り言

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help リーダーに追加 RSS 水木しげるの『猫楠』 忘れられた変り者(2)

<<   作成日時 : 2008/05/04 00:32   >>

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 世の中にはおどろおどろしい幽霊や妖怪が描かれているが、妖怪マンガは水木しげるに尽きる。そんな思い入れがわたしにはある。ゲゲゲの鬼太郎はじめどことなくユーモラスで憎めないキャラクターにひかれる。でも、水木さんは幽霊や妖怪だけを描くのでなく、ヒットラーのような人物まで幅広く扱っている。今日は南方熊楠の生涯を扱った『猫楠』(角川ソフィア文庫、平成8年発行)を一気に読み終えた。帯の紹介を引用すれば《日本史上最もバイタリテイに富んだ大怪人の生きざまを、妖怪博士水木しげるが独特のぺーソスを交えて描く。》という。

 南方熊楠の略歴は既にふれたので繰り返さない(2008/04/29ブログ「忘れ去られた変わり者(1)」)。米英に渡り18ケ国を話し、英文で自ら論文をしたためたものの日本では不遇に終った天才である。彼は粘菌という生物の研究とともに世界各国の民俗や風習に通じ、仏教の密教に通ずる世界観も持っていた。それとともに酒と猫を愛したというのもおかしい。サービス精神に豊む大ほら吹きでありながら、酒がなければ人前で話せないしゃいな面もあった人物である。 
 
 水木さんは熊楠を美化しない。そこが神坂次郎さんや鶴見和子さんの評伝と異なる。むしろ、南方が愛した猫を通じて語らしめる熊楠の人間臭さや弱点、また普通の人間を通り越した感じ方が描かれる。金華の猫と猫楠の対話にこんな発言がある。P156から引用します。

《自分の好きなことだけをしてめしのために働こうとしない》
《それがつまりリテレート(文士)というらしいが》
《そもそもリテレー卜なんていうものは“人間の掟”に反しとるネ》
《めしのために汗を流すのが人間どもだ》
《そうそうそれが人間の大原則よ、それをしない人間てのは、いわば“人間猫”よ 働かないのは猫族だけの特性だ》


 この後の対話では一般人を超えた傑物として熊楠を擁護する猫楠に対し、学識高く夢に生きる金華の猫はそういう生活が普通の人間に許されるはずがないと言い切る。こういう視点で南方を語る伝記は診しい。水木さんは熊楠の猫好きを美化するのでなく、《働らかない特性》を猫として南方の特異性を描いている。それは紀州の田辺で南方を温かく支援した親友や知人に巡り会えた南方の人柄だったのだろう。このマンガは猫を登場させることによって南方の普通の者には理解できない研究や行動が描かれている。

 わたしが他の熊楠伝を読んでなじめないのは、彼の洋行費用だけでなく生活資金についてぼかされることだ。親の遺産がそれほどあったわけでない。熊楠が論文を発表して得た金などしれたものだ。南方の威大さは認めても生活破綻者的な性格になじめないのである。ともすれば弟の常楠を兄や弟の財産を独り占めにしたとし、悪者扱いする伝記が多い。でも、生活破綻者的な兄を支えたのは常楠であったことも忘れてはなるまい。

 金や地位にとらわれず自らの興味や関心で研究に取り組めた南方はなんと恵まれた人だったことだろう。生活の糧に事欠き、思考や行動に自ら手かせ足かせをはめてしまう普通の人間にとって熊楠の自由奔放な行動は羨ましい。それが南方熊楠の魅力であり、美化のもとなのだろう。でも、愛息の熊弥の発狂は、南方の家族思いにとって何と悲しいことだったか。童心のあふれる南方が心優しい一人の親父であったことにわたしはほっとするのである。変人であっても憎めない人物である。水木さんはそれを忘れず描いている。(2008/05/03)

【補記】南方熊楠についてはいろいろな評伝を読み進める中でわたしの考えをまとめていくしかありません。美化や批判でなく、今ではとうてい許されもようがない道楽に徹した男の生き方の一つの夕イプとしてまとめて行きたいと考えています。http://himajin-nobu.at.webry.info/200804/article_25.html

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