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先日はラジオからだみ声の「IT'S TOO LATE」が流れていた。誰だったかなと首をひねればキャロル・キングである。五輪真弓のデビューアルバム『少女』のレコーディングに参加していた米国のシンガーライターだ。インターネットで検索しても、思い入れを語る記事は多くても肝心の歌詞が出てこないからさっそく古本屋で『CAROLE KING HER GREATEST HlTS』〔Epic/SonyRecords〕を買った。聴き直せばやけに地味な録音でラジオで流れたほどのインパクトは欠ける。 「IT'S TOO LATE」は1971年に作られ、作詞はTony Sternで作曲がキヤロル・キングである。わたしは彼女の軽快な節回しの次のフレーズにひかれる。別れの歌にしてはやけにあっけらかんと響くのもおかしい。そこがキャロルらしさなのだろう。 And it's too late, baby, now it's too late Though we really did try to make it もう、遅過ぎる、遅過ぎるのよ ふたりは努力したけれど (松宮英子対訳) 朝妻一郎さんの解説は1960年代以後の彼女のソングライターとしての長い活動歴や思い入れが語られていておもしろい。とはいえキャロル・キングがシンガーソングライターとして日本に登場したのは1971年の『つづれおり(Tapestry)』である。IT'S TOO LATEは彼女の存在を強く印象づけた曲にちがいない。耳にたこができるほどラジオから流れた。それにしても、鼻歌まじりに響くこの歌は明るすぎて別れのイメージが伴わないのが不思議である。この歌の最後は次のようなフレーズで終る。 ふたりにはもう一度、バラ色の日々がくるでしょう でも、もう、ふたりは一緒に暮らせないの ねえ、わかるでしょう ふたりの暮しは楽しかった 一度はあなたを愛した私 (松宮英子対訳) キャロル・キングの経歴や現在の活動についてはフリー百科事典のウィキペデイアに詳しく出ているので関心のある方はそちらを見てほしい。日本でいえば別れの歌をあっけらからんと歌う中島みゆきのようなものだろう。ともあれ、ロバータ・フラッグの「やさしく歌って」やオーティス・レディングの「ドック・オブ・べイ」とともに英語嫌いなわたしにも何となく受け入れやすい曲のひとつであったことに変わりない。 【補記】 キヤロル・キングが音楽の世界に入ったきっかけはポール・サイモンにデモ・テープの作り方を教わったことにあるそうだ。同じニューヨーク生まれだからなのだろう。どうでもいいことですがサイモン&ガーファンクルについてはホームページの「フォークのことあれこれ04」で触れています。英語嫌いの勝手な誤訳も加えています。 http://www5f.biglobe.ne.jp/~nobu-yamada/houkumokuji.html |
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