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仕事で雨の中を歩き回っていたら寺の前の説教が目にとまった。どうせろくなものじゃないと思いつつ眺めれば、 「分けても減らない 心の遺産 他は 三代の食いつぶし」とある。 前段は押しつけめくが後段の「他は三代の食いつぶし」に思わずうなづいた。財産だけでなく家族の絆(きずな)も三代持つだろうか。親の苦労が分かるのも二代目までだ。せっかく増やした知識や身につけた技術など一代限りだろう。 先日は昔の仲間と久しぶりに顔を合わせた。数年先に定年が迫っているから話題が再就職や老後生活になった。中には今ある資金でどれくらいまで暮らせるか計算した者もいて84歳までしかなかったという。住宅ローンの返済や墓地の購入も含むそうだが、どんな生活するのだろう。その他に年収180万円で暮らす方法も招介されたが、交際を断って家や図書館にこもるというのも淋しい。蓄えもせず遊び回っているわたしはうつむくしかなかった。それにしても誰もが長生きするつもりなのがおかしかった。 休日に妻と散策した帰りに途中からバスに乗ってきた年配の夫婦連れが酒交じりの大声で、「90歳過ぎてもまだ生きるつもりだからまったくいやになっちまうよ、潮時というのがあるだろうに」とわめくのも不快だった。介護に疲れた様子でもないから、親の財産目当ての発言だろう。なまじ財産があるばかりに長生きするのが迷惑だという発言に呆れた。わたしの子どもだって無財産の親の世話を焼くのが面倒でいずれこんなことを言いだすのだろうか。 心の遺産などあやふやだから分けようがない。元が0ならいくらでも分けても減らないはずである。なまじあるから分けて行くうちに減ったりなくなるのである。そんな負け惜しみを並べてもはじまらない。子や孫のためと頑張って生きても余計者扱いされるのも何だか空しい。ろくなヤツじゃなかったが、みっともなさをさらしながらヌケヌケと生き抜いたという足跡を残すだけで十分なのかもしれない。吉田拓郎の「生きて行くのは ああみっともないさ・・・そうさ俺もまた 罪人のひとりさ♪」というフレ一ズを思い出して苦笑するのもはずかしい。 【補記】 吉田拓郎の唄についてはホームページの「フォーワのことあれこれ11」や「想い出の唄」をごらんください。勝手な思い入れを並べています。http://www5f.biglobe.ne.jp/~nobu-yamada/houkumokuji.html |
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