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ありふれたタイトルだからもっとあると思い込んでいたが、検索をかければマイリトルタウンはサイモン&ガーファンクルばかり出てくる。サザン・オールスターズにもあった気がする。小田和正さんにもあったはずとCDを確かめたらマイホームタウンだった。 1 マイホームタウン 小田和正さんの自己ベストCDに《my home town》という曲がある。横浜の根岸線から眺めた海岸や若き日の思い出を歌っているが、埋め立てられて作られた工場や高速道路がじゃましてその面影が伝わらない。海に囲まれた横浜は遠い昔のことだろう。わたしの父は若い頃に横浜で暮らしたことがあって、磯子は漁師町だと生前に何度も語った。磯子や根岸の狭い道路を歩き、バス停の名前を振り返るとここも海に近かったんだなと思うときもある。 小田さんはこの歌の中で、 僕らの好きだった あの店も もう無い あの頃の横浜は 面かげ 残すだけ ♪ と言いながら、 どんなに変わっていても 僕の生まれた町 どんなに変わっても ♪ と自分が育ったホームタウンを歌う。 ふるさとから離れて暮らすと帰巣(きそう)本能がそんな気にさせるのだろうか。変わっているようでも変わらない何かもつきまとうのかもしれない。先日読んだ太宰治の『津軽』にもそんな叫びめいたものを感じた。 2 家に帰りたい Homeward bound サイモン&ガーファンクルに《家に帰りたい Homeward Bound》という歌がある。同名のLPには有名な《アメリカ》、《ボクサー》、《オールド・フレンド》、《ブックエンド》、《キャシーの歌》などもあったがわたしにはこの曲ほどインパクトがない。 Home where my thought’s escaping, Home where my music’s playing, Home where my love lies waiting silently for me. 好きな音楽を奏でられるわが家 愛しい女(ひと)が静かに横たわり 僕の帰りを待つわが家 〔山本安見訳〕 この歌は親元を離れて過ごした学生時代に何度も口ずさんだ。自分の家ならわがまま放題だったのに親戚とはいえあれこれ遠慮する気まずさもつきまとった。それは逃避の場として美化されたふるさとだった。そこに暮らす気まずさや束縛を嫌って出てきたのに、懐かしみが美化に変わるのも不思議だ。 3 マイ・リトル・タウン My Little Town ポールがソロとして発表したLP『Still Cragy After All These Years 時の流れに』含まれる《マイ・リトル・タウン》は、「何ひとつ変わっちゃいない 僕の生まれたあの町」といいながら拒絶反応がつきまとう。それは変わりつつも自分が生まれ育った町を美化する小田さんとずいぶん違う。 Nothing but the dead and dying Back in My Little Town, Nothing but the dead and dying Back in My Little Town. 死人と死にかけている人しかいない 僕の生まれ故郷 死人と死にかけている人しかいない 僕の生まれ故郷 〔山本安見訳〕 ポールにはわが家Homewardと生まれ育った町MyTownとの区別があるのだろう。むろんポールが生まれた町は建物も住民も変わっているだろうが、そこに漂う閉塞的なもの=変わらないものを感じているのだろう。政治運動にも関わったポールだからマイタウンの美化でなく、小さいままに据え置かれている町に対する社会的な憤が込められているのかもしれない。そういうものの反映がこういう表現にさせるのだろうか。これもひとつの郷土愛だろう。 美化と拒絶、愛と憎が複雑に絡まるゆえにわが家やわが町を語るためらいがある。今年はブラジル移民100年という。日本から遠く離れて生きるしかなかった唐ゆきさんや移民者は何を思ったのだろう。マイホームタウンとマイリトルタウンのずれに驚いた次第である。慌ただしさに追われていても、「どんなに 離れていても またいつか来るから」という小田さんのフレーズに同感するのも恥ずかしい。 |
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