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さだまさしの『案山子(かかし)』が嫌いなことは「フォークのことあれこれ」18でとりあげた。べ夕べ夕して押しつけがましい情念が厭だ。でも、彼のおどけた『関白宣言』には今も笑う。説教を並べあげたあげくに、「愛する女は生涯お前ただひとり ♪」に大笑いした。シラフでこんな歌は歌えない。 最近、さだまさしの『関白宣言』にあった次のフレーズを思い出す。作詞・作曲・歌いずれもさだまさしである。 子供が育って年をとったら 俺より先に死んではいけない 例えばわずか一日でもいい 俺より早く逝(い)ってはいけない 何もいらない俺の手を握り 涙のしずく ふたつ以上こぼせ お前のお陰でいい人生だと 俺が言うから 必ず言うから ♪ 定年を迎えるわたしの先輩たちには奥さんに先立たれたり、入院されて気落ちしている方がいる。慣れない炊事や洗濯に追われてどこか張りがない。子育てから家事まで一切を任せ、豪快に酒を飲んでいた先輩が気落ちしている姿は淋しい。愛妻家とも思えなかった人でも心残りがあるのだろう。ずっと昔に読み流した三好春樹さんの『なぜ、男は老いに弱いのか?』〔講談社文庫〕では、仕事を失い、家庭から浮きあがる男が描かれていたがどうもそれだけではなさそうである。 NHKで飄々とした話しぶりで気象キャスターをしていた倉嶋厚(くらしまあつし)さんの『やまない雨はない』〔文春文庫〕を読んだ。タイトルは「降りやまない雨はない」から出たようだ。最愛の奥様に先立たれて自責の念にかられ、うつ病で入院した体験談が淡々と綴られる。倉嶋さんも家事の一切を奥様に任せっきりだったようで、うつ病に罹った話よりも奥様との出会いや結びつきに重きを置いて綴る。そういう方だから自責の念に駆られたのだろう。 《やまない》というのは「止まない」と書くのだろうが、副題が「妻の死、うつ病、それから・・・」とあるのでわたしは早とちりして「病まない」と思っていた。仕事にしても家事にしても楽しいことばかりでないから病む夕ネはどこにもある。それが最愛の人の死となれば病むのだろうと錯覚した。倉嶋さんはうつとの闘いで得たものとして「やたらに反省するな」と提言する。反省や自責で自分を追い込んでも去ったものは戻ってこないからだろう。 ものぐさなわたしは子育ては別として家事の一切を妻に任せきりである。数年前に妻に寝込まれ、家事は娘に任せたものの銀行預金の引出しができず大慌てした。単身赴任の話が出ても家庭のことより炊事や洗濯をするのが厭で断わってきた。でも元気だと都合良く思い込んでいる妻だってわたしより長生きするわけでもない。憎まれっ子ほど長生きするようだし、わたしの家系は男も女も長生きしている。先立たれた先輩たちもわたしと同様に後始末は奥さんに任せるつもりだったようだ。 サルにもできる反省さえ持ち合わせていないわたしは五十肩になってもうつ病にはならないだろう。まして、わずらわしいと感じている妻にとりたてた愛情もないから倉嶋さんのように自責の念に駆られることもないだろう。でも、妻に寝込まれたり先立たれるのが怖い。よいしょに努めるだけでなく人間ドックに行かせたいものだが、わたし以上に病院嫌いというのも困ったものだ。 【追記】 倉嶋さんの本の紹介をするつもりで『関白宣言』に脱線するのも気がひける。好きとか愛しているなんて白々しい言葉はわたしの辞書にないのである。自分勝手で申し訳ない。 |
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