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話し方や文章の技術本が多数出版されていますが、それぞれの技術に特化しすぎて双方に共通するものが忘れられているようです。メールはそういう典型のような気がします。わたしはメールの便利さを十分感じていますが、無線と同様に見えない相手と話すもどかしさをメールに味わされます。メールには一方的に送りつけてくるもの、事務的な文章を連ねるだけの無内容なもの、そして家族や友人など仲間うちだけの限られたものもあります。そこで、これからは仲間うちのメールに絞って検討します。 ●戸惑わせるメールの例 @ー方的で押しつけがましい呼びかけ やけに丁寧でまどろっこしく、とってつけたような敬語が感情を逆なでる。 A仲間だけに分かる話題や表現 絵文字や記号は限られた分野で使う暗号や符号に似ています。 Bなぜそこで区切るのかの戸惑い 句とう点を打ちまくり、ひんぱんに改行されるのも不快です。 C何を言いたいのか意味不明な長文 読まされる相手のことを無視するのも腹が立ちます。 Dなぜその言葉を使うのか不明 送る人はなぜその言葉を使い、何のためにメ−ルを送るのか考えているのでしょうか。 ●わかるはずだという思い込み メールのわかりにくさは、互いがわかりあえる、わかるはずだという思いこみにあります。この《はず》とか《べき》というのが曲者(くせもの)です。伝わらないことがある、理解されないこともあるのを忘れるからでしょう。同じ学校、同じ職場、同じ趣味と思い込んでいるものの中にもけっこう《ズレ》が伴います。それは話したり書いて気づくものです。でも、自分のことしか考えられない人はこういうことに無頓着です。いくつになってもわたしのように思い込みがつきまといます。 ●話すように書くからわかりにくい もうひとつメールをわかりにくくさせているのは話すつもりで文章を書いていることです。絵や記号は間つなぎや息つぎを意味したり、共感を呼びかけたり、同意を求めるものなのでしょう。でも、その意味がわかる人とわからない人がいます。話すように書くというのはわかりにくさを増します。見えない相手に話しかける無線を続けてきたのでわかりあえるまでは、書くよりもエネルギーが必要なことをたっぷり味わいました。互いに確め合い、ズレを矯正(きょうせい)するには多くの念押し言葉と繰り返しが伴いました。 ●言葉や文字で伝えにくいものがある 言葉や文字は便利なものです。いちいち定義しなくても分かった気にさせる面があるからでしょう。伝統・慣習・因習といわれるもの、地域・職業・社会的地位に根ざすものなど《非言語的なもの》により分かりあえる面を無視できません。これに性差・年齢・生い立ちが絡むから分かりあえない面も生じます。万葉集の研究家の中西進さんは、文字というものは家庭生活で必要がないもの、文字と言うのは非常に特別なもの、世界にさまざまな言語はあっても文字を持っている言語は20%ほどしかない(『日本語の力』P231、集英社文庫)といわれます。つまり、わたしたちは文字でなくても伝えあえる何かに囲まれて暮らしています。言葉や文字にして分かり合えないこともあるのを知っておくのも大切なような気がします。 ●繰り返して意味を理解できるものがある 言葉や文字はひとつの意味を持つとは限りません。《みる》にしても10以上の用法があります。漢字にしても見る・診る・視る・看る・観るとさまざまです。先日は英語のmakeに《達する》という意味があることを知りました。この単語には18も用法があります。先日はひまつぶしにグレン・キャンベルの『恋のフェニックス』を訳して気づきました。1つの単語に複数の意味を持つのは日本語や英語だけではありません。ウーとかギャーといった叫びにも抑揚や状況で複数の意味を持ちます。メールは話し言葉に似ていてもそいうニアンスを伝えられるのでしょうか。 ●まとめ 問題点や疑問を並べてもわたしはこうすべきだとか、あすべきだという主張を持ち合わせていません。どのように表現し、どのように書き、誰に伝えるのかまで干渉する気はありません。それは個人の楽しみを削ぐことです。誰にも話したり書いたりする楽しみがあります。どうせ送って頂けるならこうしていただければと言う注文を並べるだけです。伝えるということは受け入れる相手があって成り立つということだけは確かなようです。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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読み返してみたい というような味のあるメールは つい何度でも読んでみたくなるので かみしめてしまいます・・・・ |
夢の砦 2008/08/19 19:57 |
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