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ウィンドウズVistaに換えてから「環境依存文字」に戸惑った。作成した文書をXPで使うと文字が異なったり化ける。文字化けするから使うなという説明があるものの“なぜ制限するか”の説明が不十分だ。これは日本語変換のJIS〔日本エ業規格〕コードが2004年に変更され、第3水準や第4水準の漢字が増加するとともに字体も変更したのだと最近知った。要は、XP以前のウィンドウズは対応してないので使うなというにすぎない。それにしても「環境依存」なんてオドロオドロしい言葉を使うのは曰本人離れしている。使用制限が伴う漢字とか、新字体漢字となぜ言わないのだろう。 今では呆れるほど変換対象が出てくるのがパソコンの日本語変換である。昔はFEP(フロント・エンド・プロセツサー)といったが今ではlME(インプット・メソド・エディター)じゃないと通じない。漢字を知らない者が使うからとんでもない変換もあって苦笑いする。こむずかしい漢字を使うのが文章だと錯覚しているのも困り者である。相手に伝えるというのを忘れたひとりよがりな文章は興ざめがする。それにしても単漢字変換やカタカナ表記しかできなかった日本語表現は進化したものである。 YOMIURIPC編集部の『パソコンは日本語をどう変えたか 日本語処理の技術史』〔講談社ブルーバックスB1610〕は、パソコンになじまないとされた漢字入力を克服した技術史であるとともに、日本語の表現に欠かせない漢字の役割を考えさせる内容に豊んでいる。ちなみに第1水準は2965字、第2水準が3390字で、2000年には第4水準まで含めて10040字となり、2004年のJISコード改正は122字の字体を変更しているそうだ。たとえば葛飾区の「葛」がヒカツから人カツに変っている。そこに混乱を生み出すのも皮肉なことだ。 北原白秋の詩に、 薔薇ノ木二 薔薇ノ花サク。 ナニゴトノ不思議ナケレド というものがある。むろん、薔薇はバラのことだがわたしにはなじめない漢字である。わかる人だけに伝わる文章を書く気がしないからだ。原典を示すためにどうしても使うときは振り仮名やかっこ書きにするがこれもくどい。とはいえ、白秋の「薔薇」という詩にわたしはひかれる。カタカナやひらがなでも通じる内容である。当たり前と考えているものも、よく観察すれば不思議なこともあるからだ。 パソコンだって使いやすさの工夫がある。アルファベットで入力し、カタカナしか表記できず、単漢字変換にいらだった経験のあるわたしには懐しいものも多い。たまにそれを振り返り、漢字をもつ日本語の表現の多様性を見直し、これからも使って行きたいと思うのも先祖返りだろうか。『パソコンは日本語をどう変えたか 日本語処理の技術史』はそんな当り前のことを多面的に考えさせてくれる楽しい本である。 |
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